ロバート・E・フライ
国籍:ニュージーランド
生年月日:1952年2月14日

ニュージーラン・オークランドで生まれ育つ。

幼い頃からヨットセーリングを始め、わずか18歳にして国際大会で優勝を成し遂げる。

高校卒業後は2年間工業技術を学び、1973年、21歳の時に日本に渡る。東京で日本の食料品やヨットや装備品の販売・輸出入の仕事に就き、日本から自動車のセンサーやヨットなどに使われる特殊な金属素材の輸出入を行う傍ら、操舵手や船長としてアドミラルカップなど、数多くのヨット外洋レースに出場。

日本国内のマッチレースでは4度の総合優勝を飾り、国際大会でもその名を轟かせた。

1992年、サンディエゴで行われたヨットレースの最高峰・アメリカズカップでは、操舵手やナビゲーターとして日本チームを主導。

引退後は、“ショア・ボス”と呼ばれるクリス・ディクソンを船長としてを迎える手配を始め、船体の修復やメンテナンスなど広範囲にわたりレースチームを支える。

サンディエゴに滞在していた半年の間に小型機免許を取得。最初は自作機などで飛行を楽しんでいたが次第にエアロバティックスにも興味を持ち始める。

1995年、兵庫県但馬空港で行われたブライトリング社主催のエアロバティックス大会でアテンドを務め、1997年にはついに自らのエアロバティックス専用機を購入。

1999年、韓国のエアショーへ参加した際にユルギス・カイリスと出会う。また、同じ年、岩国基地で行われたエアショーで室屋義秀と出会う。

2000年、ユルギス・カイリスの日本国内での活動をサポート。翌2001年、スーパーデカスロンを操り、室屋義秀とともに日本国内でエアショーを開始。

2003年、日本でエアロバティックスのトレーニングやエアショーを行う飛行機として、スホーイ29を導入。活動を本格化させる。

2005年、室屋と共に“Pocari Sweat”キャンペーンのスカイタイピングに参加。

2006年、ニュージーランドのエアショーで“エアバンディッツ”としてスホーイ、ヤクでのフォーメーションフライトを開始。

2009年からはレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップに参戦を果たした室屋のチームコーディネーターとして、機体の改造や各種手配など、エアレースチームの運営を多方面からサポートしている。